歴史でみる竹富町 history

島の暮らしと文化

竹富島の吉良氏は決して裕福ではなかった。
飲み水の確保、イシガンパラ(石岩原)を耕す畑仕事、薪拾い、山羊の草刈りと少年の頃の思い出はつらいことが多い。
桑の木の幹を伝わって流れる雨水を水甕に貯える島人の暮らし。
オーヌヤ(豚小屋)から流れ出る糞尿を一滴も捨てまいとサンゴ石灰岩で作ったアーチ状の下肥の貯め池。
家屋を支えるサンゴ石灰岩(菊目石)の礎、蒲葵の葉の蓑笠、マディル(ざる)、木の臼、掘り抜き井戸のサンカ(桟架)、?とススキで作ったトゥヌグイ(組み戸)など、島の暮らしと文化の原風景があった。
竹富島には、民間信仰のオン(御嶽)ちいわれている拝所が島の随所にある。
御嶽には神に仕えるカンチカサ(神司)がいて、神の信託を受けて村人の健康や五穀豊穣を祈ってくださる。
島建ての神を祀るマイヌオン(清明御嶽)は、島のムトゥオン(元御嶽)で、村の祝祭行事は、このマイヌオン(清明御嶽)から執り行われるのが慣例のようだ。
島の人々は神と共生しながら暮らしを立て、島の文化を創り出してきたのである。

島の暮らしと文化1

豚小屋(オーヌヤ)兼便所(オーシ)と糞尿を溜めるアーチ造りのコイナカ(肥池)
1967(昭和42)年2月

島の暮らしと文化2

平良家(テーリャ)のアナフヤー(穴掘屋)と木から流水を貯める水甕(島の生活原形)
1967(昭和42)年2月

島の暮らしと文化3

ミノカサ、マディル(ザル)、木臼の農器具
1967(昭和42)年2月

島の暮らしと文化4

仲筋井戸(ナージカー)犬が掘り当てたといわれ産井戸(ウブカー)として正月の若水にも使われた。昔はウリカー(降り井戸)だった
1966(昭和41)年1月

島の暮らしと文化5

清明御嶽(マイヌオン)。五穀豊穣を祈願する結願祭が行われる御嶽で種子取祭とともに島の人々の心の原点がここにある
1963(昭和38)年8月

島の暮らしと文化6

清明御嶽(マイヌオン)で祈願する(左)前浜キヨさん、(右)上間静さん
1963(昭和38)年8月
出典:「ふるさとへの想い 竹富島 前原基男 写真集」(C)前原基男
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