歴史でみる竹富町 history

港のある風景

竹富島は、石垣島の南西約6キロの海上に、お盆のようにぽっかり浮かぶ、周囲およそ9キロ余、島民300人ほどの小さな島である。
石垣島とは向かい合って竹富島東港・ホーシ(大舛)の桟橋がある。
出船、入船、人の往き交いは変わっても港の賑わいは昔も今も変わることはない。
一昔、風呂敷包を背負い台湾へ出稼ぎに旅立って行ったのも、青雲の志を抱いて東京や沖縄本島へ勉学のために島を離れていったのもこの港だった。
港のある風景は、竹富島に生まれ、育ってきた人々が、島を思う風の吹き募る風物詩でもある。
竹富島の港口は、その昔、コンドイの浜、トゥードイの浜、そしてカイジの浜であった。
やがてミサシ(御崎)浜の石積みの桟橋・ガンギ(雁木)へと移り変わり、大正の頃には、現在の東港・ホーシ桟橋の東方ショール海岸の砂浜だった。
昭和の時代になって現在の竹富東港・ホーシ桟橋に定着している。
その桟橋の付け根に茅葺造りで旅人の舟待ちの小屋の舟屋があった。

港のある風景1

石垣島へ出航する若竹丸
1971(昭和51)年11月

港のある風景2

石垣航路には新和丸と若竹丸が競いあっていた
1963(昭和38)年8月

港のある風景3

徒歩で重い荷物を担ぎながら家路を急ぐ
1963(昭和38)年8月

港のある風景4

ホーシ(現在の東桟橋)舟屋。舟屋はミサシ、コンドイ、トムドイ、ホーシの港口にあった旅人の船待ち小屋
1976(昭和56)年10月
出典:「ふるさとへの想い 竹富島 前原基男 写真集」(C)前原基男
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